生きるとは

生きているという事実について、不思議に思ったことはありませんか?

あちこち旅して動いたり、生きることについて深く考えたり、恋して振られて絶望したり、すごい「力(エネルギー)」が必要な生きるという行為。

こうして人間としての生命活動ができるのは、何らかの強大なエネルギーを体内で作り出しているからです。ご飯を食べて栄養分を腸から吸収しただけで、その栄養素がガソリンの様に体内で燃え、筋肉や骨を駆動する様なことはありません。ロボットなら恒久発電機を体内に内蔵し、電気エネルギーを駆動に変えているといったイメージでしょうか。生命活動に使うエネルギーのことを、生物学では「ATP(アデノシン三リン酸)」と呼びます。

この活動エネルギーATPを作り出している工場のことを、生物学の世界では「ミトコンドリア」と呼びます。人間では、肝臓、腎臓、筋肉、脳などの代謝の活発な細胞(生き物を形成する基本単位)に数百、数千個のミトコンドリアが存在し、細胞質の約40%を占めています。平均では1細胞中に300-400個のミトコンドリアが存在し、全身に存在していて体重の10%にもなります。

僕たちのような高等生物は、もともとは「遺伝子を作る生物」と「エネルギーを作る生物」の二つが合体し生まれたモノです。そのエネルギーを作る役割の体の基本単位(細胞)が進化を遂げ、高等生物の細胞内に存在するミトコンドリアとなりました。このミトコンドリアが何をしているのかを簡単に説明すると、呼吸により生命活動に必要なエネルギーを取り出しているのです。

息をして酸素を体内に取り入れないと、生きていけないことは誰もが体感し理解していることです。では酸素が何の役に立っているのか?そのメカニズムを理解している人は少ないです。なぜ体の隅々まで酸素を届けることが必要なのでしょう?生命の基本単位である細胞に酸素を届け、グルコースからエネルギーを取り出してもらうために酸素が大量に必要だからなのです。

僕たちは太陽の暖かい光をとても有難く感じます。理屈でなくそう感じるのは、太陽の光エネルギーが多くの生物の生命活動に必要な「ATPの源」だと、身体が原始の記憶をもっているからだろうと思います。植物は太陽の光エネルギーを利用して、二酸化炭素と水からデンプン(グルコース)などの有機物を合成して「酸素」を発生させます(光合成)。

二酸化炭素(CO2) 水( H2O) 光エネルギー →→→ 有機物(C6H12O6グルコース)デンプンなど  酸素(O2)

ヒトの細胞内のミトコンドリアでは、この酸素を使って有機物デンプン(グルコース)などの有機物を分解し、有機物中に蓄えられている化学エネルギーを取り出すことで、生命活動のエネルギー源「ATP」を合成します(呼吸)。

有機物(C6H12O6グルコース)デンプンなど  酸素(O2) →→→ 二酸化炭素(CO2) 水( H2O) ATP

少しだけ学術的に書くと、次の様に「生命活動とエネルギー」をまとめることが出来ます。

「光化学反応 → 水の分解 → ATPの合成(光エネルギーの吸収) → カルビン・ベンソン回路(有機物の合成) → 解糖系 → クエン酸回路 → 電子伝達系(呼吸) → ATPの大量発生」

生命エネルギーの作られる過程を話しました。呼吸の重要性を、生命活動の観点から、理解してもらえたでしょうか。

さて、体内に酸素の無い環境(原始の地球)があるのをご存知でしょうか?

実は腸の中って原始時代のままです、腸の奥深くには大切な酸素が届きません。免疫をつかさどっている大切な場所なのに、酸素が届かないのです。酸素のない環境でエネルギーを獲得するのに、酵母菌や乳酸菌などの微生物が活躍します。彼らは酸素を使わずに有機物を分解し、エネルギーを得る活動をしています。

この生命反応のことを僕たちは「発酵」と呼びます。

有機物(C6H12O6グルコース)糖、デンプン(C6H10O5n) →→微生物(酵素)→→ 2C2H2OH(アルコール)  2CO2二酸化炭素(炭酸ガス) ATP

発酵の「酵」は酵素の「酵」。

エネルギーを作り出す活動のスタートアップという意味があります。

良書は執筆した作家が亡くなった後も、作品は翻訳され読み継がれ、人々を永久に救い続けます。発酵菌と酵素の違いは、作家と良書の関係の様な感じだと言えば理解しやすいでしょうか。

発酵菌(麹)はやがて餌が無くなって死んでいきますが、麹菌の出した「酵素」が空間に存在しているので、味噌や旨味や甘味が作り出されます。

発酵の本質たる「酵素」について少し詳しく説明すると、その正体は「化学反応を促進させる特殊なたんぱく質」です。たんぱく質という物質は通常、生き物の身体の材料となる有機物質なのですが、酵素はそれ自体材料ではなく「材料を作り出すための触媒」として過酷な状況でも働き続けます。

良書もその本自体は(物質的にみれば)、紙に活版印刷してあるただの「文字のカタマリ」でしかありません。しかし、人の心を動かし、世の中を良くする活動へと、民衆の気持ちを駆り立てます。酵素は良書と同じ様に、生命活動の「より良いアクション」へ繋がるきっかけなのですね。

胃酸で死んでしまった菌の死体(菌体)や菌の酵素が作り出した物質自体が、人間の消化機能や免疫システムを活性化してくれることもあります。

流行っているビール酵母のサプリメントとは、実は酵母の死体を集めたものです。生きた酵母を生きたまま腸へ届けることは難しいですが(胃酸や無酸素条件下)、愛のあるクラフトビールにはそんな「パワー」がある様な気がしています。

生きるということをミクロなレベルで話してきました。

命のエネルギーがなくなると生物は死をむかえ、そして時間経過とともに腐敗します。殺し消毒する方法を、西洋は得意としてきました。微生物とともに生き、生命エネルギーを蓄える方法を、東洋は得意としてきました。

時間を止めるのか、時間を味方にするのか。

もう少し哲学的に考えるなら、発酵と腐敗の境界なんて本当にとても曖昧です。政治や宗教、もちろん医療介護にも同じことが言えます。腐っている様に見えていて、発酵が始まっていることもあります。発酵しながら腐敗が進んでいる様なこともあります。

光も酸素も無いはずなのに、生命エネルギーを作り出し与え続けてくれる微生物たち。ミクロの世界にも、マクロなロマンがあります。

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