義を生きることにした

昨日から続いた大雨で、津山の桜は潔く散ってしまった。

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去年の秋くらいから、いろんな兆しはあったものの、何がどう変わるのか先が見えないままに今年の1月を迎えていた。この辺でこの数ヶ月の変化を振り返っておこうと思い、今こうして正月の写真をながめながら、思いつくままに書いている。

「義」を目標に、3学期の学生生活を過ごすと言っていた中1の長男。

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今年の薬膳カフェ正月飾りは、気合を入れて備前の土管に自分で投げ入れてみた。

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末田芳裕が命懸けでとりくむ「義」とは、なんだろう。

病院や開業医院の医師は、身体の問題点を診断する技術を磨く。薬局や薬剤部の薬剤師は、病状を治し切る様、薬剤を減薬へ向かわせる努力を続ける。お互い患者の「かかりつけ」として、相互の仕事を監視しチェックし合い、そして心底連携する。この理想で始まった日本の医薬分業という政策。いつからか世界のファンドが狙う「効率の良いビジネスモデル」にすり変わってしまった。シルバー民主主義でしか票は獲得できず、負の経済で国を滅ぼすサラリーマン議員の増殖と同じ現象だった。

医療の抜本改革は「2025年問題」の命題。自身の身と骨を削る改革が、末田芳裕の「大義」である。

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正月の薬膳カフェでの健康イベントは、インフルエンザ予防法だった。1日最低1ℓは水を飲みましょう。部屋は必ず朝夕換気しましょう。ビタミンCをしっかり取りましょう。公衆衛生学向上が2025年問題の最も効果的な処方だと、末田は笑顔で未来予想を話していたのだ。新型コロナ感染症対策に奔走するとは、この時夢にも思っていなかった。

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50年前、薬局と病院の住み分けは、もっとハッキリしていた。ちょっとした鼻水などの初期症状なら近所の薬局、X線検査が必要な重篤な肺炎は病院へ行けである。老人や小児の医療がタダ感覚に、白い巨塔の財前教授が放映される頃から、相互扶助精神の医療保険は狂い始め、2020年の現在に至る。

一方で、権威主義に生きようとしない、薬剤師や医師がいる。

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「医師はもっとフラットに話ができる存在でなければならないと思っています。だから私は現在、訪問診療のときも白衣を着ないでラフなスタイルで行っています。患者さんの本当の思いを聞き出すということが、家庭医療で最も大切なことですから。」

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20年前に末田が岡山県奈義町で出会った青年医師は、笑顔でそう語っていた。

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「市中の山居」という言葉が、茶の湯にある。中世末に富裕な境の町に始まる数寄と呼ばれる新しい様式のことを指す。最も粗末な茶の家を作って、そのために植えられた小さな林の中に置く。狭い場所のその中に許す限りに、地方の田園にある隠者の家の風貌を表現する。すなわち人里を離れて隠棲し、自然に現象やその根本原因や宇宙真理について思案する「隠者の庵」を模倣するのである。

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隠者はプライマリケアという言葉が嫌いだ。末田は家庭医療という言葉が好きだ。「白い巨塔」の中で家庭医療は、有名な富裕の町「境」にある「市中の山居」だと感じるからである。

正月休みの大工仕事(遊び)は、津山田町の市中の山居に「水屋道庫」を作ることだった。

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茶の湯を習うとは茶室を自らの手を使いつくるところから、第二章が始まると51歳で感じている。人工的な林(露地)の中に、隠循者の家をかたどった茶室(草庵)をつくり、そこで自然の現象(疫病など)について思案し、茶事(まつりごと)に招待しあう。その行為は、懐かしく新しい、地域をつくり、文化を呼び戻し、再度日本という国を、楽しく美しく、再生することにつながっていく。

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なんのために仕事を、苦労して続けているのか?

大義のない利益は、捨てることにしよう。

息子の描いた「義」という字に出逢い、末田は正月そう心に決めた。

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「義」という漢字には正しいや良いなどの意味があり、僕は「忠烈義烈」という四字熟語を目標にがんばっていきたい。この四字熟語には、勇気に富み、忠義・正義の心が強く激しいことという意味があり、3学期は正しいことをたくさんして信頼されるようになりたい。津山中学1年、末田桂大。

この時はまだ、ドリフターズの志村さんが、テレビの向こうで笑っていた。

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